第23回日本ファンタジーノベル大賞、大賞受賞作。
同賞は第1回以来、中国あるいは中国的な世界を舞台にした優れた物語を輩出している。本作はそのなかの1作で、高い筆力、豊かな叙事性で、ファンタスティックチャイナの山脈のなかの高峰のひとつとなっている。
深山の懐にある湖の畔の村で育った少年さざなみの数奇な運命を中心に、今上帝の落とし子甘橘(かんきつ)、剣技に秀でた少女桑折(そうせつ)など、魅力的な登場人物たちによって描かれる運命の絵巻。
近年修辞家としての声価が高まる勝山海百合の優れたストーリーテリングを堪能してください。
表紙画は大谷津竜介。400字詰め原稿用紙換算約280枚。800円
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抜粋
苦労人の銭壺春を見込み、あるいは慕って一座に加わりたい孤児が集まって来たが、壺春姐さんは芸に厳しかった。可哀想な孤児だからというだけでは雇わず、紹介された子どもでなければ会うこともなかった。桑折と会うことになったのは偶然で、すぐに返すつもりだった。剣が多少使える少女ということで、一目会えば義理は果たしたはずだった。
壺春が見た桑折は、手足の長さがほどよい子どもだった。瘦せてはいるが、病気でもない。関節も柔軟だった。度胸があるというか、堂々としている。
この少女を連れてきたのは、いかにも文弱な、幼さが残る青年だった。少女の兄とも従兄弟ともつかないことをもごもごと自己紹介した。父親が亡く、困窮しているらしかったが、そんな子どもは大勢いるのでいちいち取り合わないことにしていた。
壺春は桑折に芝居用の派手だが軽い剣を渡した。
「右右左、右左、でかかってきなさい」
壺春も剣を持つと、桑折に合図をした。
桑折は言われたように斬りかかり、寸止めした。責められる壺春が五歩下がったが、次は壺春の番で、五歩前に出た。
「そうそう、その調子」
それを何度か繰り返し、壺春が「勝負を決めて、討ち取って」と言うと、桑折が壺春を袈裟懸けにした。
が、壺春は反射的に身を引いてかわしてしまった。
壺春の視界からふっと桑折が消えた。あっと思ううちに、背後に回り込まれ、木とは思えない刃物の冷ややかさを背中に感じた。心臓まであとわずか。
勝負はあった。
自分に言われたとおりにしただけなのに、壺春は桑折に斬られ、逃げおおせたつもりが一刺しされた気持ちになった。侮っていたのを悔やんだ。
「――おまえ、筋が良い」
思わず壺春は言った。桑折は運動したせいか照れたのか、頰を紅潮させて、
「父上もそう申しておりました」
と言った。
勝山海百合(かつやま・うみゆり)
岩手県出身。「軍馬の帰還」で第四回ビーケーワン怪談大賞、「さざなみの国」で第二十三回日本ファンタジーノベル大賞受賞。「あれは真珠というものかしら」で第一回かぐやSFコンテスト大賞受賞。近著は『厨師、怪しい鍋と旅をする』(東京創元社)。ブログは「鳥語花香録」
翻訳
“Pure Gold”「純金」by Umiyuri Katsuyama (勝山海百合) translated by Toshiya Kamei.
The Fortnightly Review, December 8, 2020 (read).