『不思議の国のアリス』のなかでアリスは、絵のない本は本じゃないといった意味のことを言います。アリスのなかでは、文字はつまらない日常、絵は愉しい空想だったのでしょうか。
けれど大人になったわたしたちは、それがすこし単純な見方であることを知っています。
わたしたちが生きる日常は現実そのものです。
たしかに日常には神話や物語や児童文学に現れる不思議なこと、魅力的な空想上の動物などは、一見でてきません。けれどほんとうにそうでしょうか。
朝がくると明るくなることは不思議ではないでしょうか、虫が花の種子を運ぶことは不思議ではないでしょうか。わたしたちがお昼を食べたり友人に会ったりすることのなかにほんとうに驚異はないのでしょうか。
本間文子は二作の短篇のなかで文字だけで絵を描いています。英国の児童文学や大正時代の明るいモダニズムにすこし似ています。ぜひこの本のなかの本郷や蒲田を訪れてください。それは地続きのそれらとすこし違う場所かもしれません。
「本郷」「二分間の絶景」二作収録。原稿用紙換算約百枚。表紙は、たいがー・りー。580円。
「本郷」 抜粋
三月末の火曜日。私は一八時半に春日駅で飯田さんと会う約束をしていた。彼とは、かつてある仕事で一緒になった縁で親しくしている、古くからの友人だ。私より一〇歳ほど先輩の飯田さんはとても面倒見がよく、多くの人に慕われている。彼がSNSに投稿したある創作料理店の写真がもとで、飯田さん一家が住んでいる場所と、私が一カ月に一、二日ほど出向している美術系の出版社が近いとわかり、久しぶりに軽く飲むことになった。
この日も出向する日だったので、私は一七時半すぎに仕事を切り上げると、出版社のある本郷三丁目から春日通りを歩いて向かった。通りに沿って二〇分ほど歩けば目的地に着くとのこと。ここに通うようになって八年ほど経つが、初めて知って心が躍った。
「二分間の絶景」 抜粋
食べながらもゆ子は二人に、先ほど林さんから聞いた話をした。すると芙蓉子は顔色ひとつ変えず、「そうよ」と言った。
「お母さん、知ってたの?」
「ええ。もゆ子に話したことはなかったかしら? 昔から蒲田に住んでいる人なら、まず知らない人はいないほど有名な話よ。ねえ?」
芙蓉子が微笑むと、進平もピータンを頰張りながら頷いた。芙蓉子によると、もゆ子の祖父である善次郎が、実際にその道を歩いた経験をしているそうだ。善次郎は生前、商店街の奥にある馴染みの居酒屋で一杯飲んだ帰りに、見知らぬ屋敷に迷い込んだという。
立派な門構えの大きな屋敷で、庭に五メートルほどの池があり、その向こうの屋敷では、大部屋の障子が全て開け放たれていた。人の姿はなかったが、宴会の準備が整っている。床の間には赤い彼岸花がたっぷりと飾られて、豪華な金の糸で織り上げられた鳳凰の掛け軸が飾られている。朱塗りの碗なども輝き、祖父は「これほどの色彩がこの世にあったのか」と目を見張った。
いったいどれくらいの間見とれていただろう。ふと我に帰った善次郎は、「家に帰って芙蓉子たちに聞かせてやろう」と胸を躍らせながら踵を返した。しかし、そこから家に帰ろうとしても、毎回屋敷の庭先に出てしまったそうだ。
「え、どうやって帰ってきたの?」
「それがね、お屋敷の奥でボーン、と大きな柱時計が鳴ったんですって。それで、ふと横を見ると、ウチの向かいにあるアパートの前だったんですって」
本間文子
宮城県生まれ。出版社の書籍やウェブメディアの編集部勤務を経て、現在はビジネス誌や企業コンテンツ、クラシック音楽雑誌を中心にフリーランスの編集者・ライターとして活動。
2002年に「ボディロック!?」で第10回ストリートノベル大賞を受賞し、リトルモアからデビュー。著書に「小説で読む名作戯曲 桜の園」(光文社)、「ボディロック!!!!!!!」(リトルモア)、「ラフ」(エンターブレイン/現:KADOKAWA)がある。
オペラ・クラシック音楽と、ホットヨガをこよなく愛する断捨離アン。
現在、noteにて「小説家の「片づけ帖」」(メンバーシップ)を運営中。また、「ききみみ日記」というマガジンに、オペラ・クラシック演奏会の感想を毎日更新している(2022年10月10日開始)。