惑星と口笛ブックス

ななつの娘と夜の旅 石の巻 北野勇作


 お待たせいたしました。2019年ブンゲイファイトクラブの優勝者北野勇作の〈ななつの娘と夜の旅〉シリーズの3巻目にして、最終巻の「石の巻」です。

 このシリーズでは北野勇作のあらたな面が見出されます。「男」と「娘」の歩く薄明の町を一緒に歩いてみませんか。

 第3巻は「ひとりぼっちのあの子」「クジラの背中で」「月世界にて」の3作収録で、鉤括弧を使わない会話が、日常の奥にひそむ不可思議を穏やかにすくいとっていきます。

 シリーズを構成する〈ななつの娘と夜の旅〉第1巻『ななつの娘と夜の旅 月の巻』、第2巻『ななつの娘と夜の旅 水の巻』、そして本作第3巻は、独立した短篇集としても読めます。

 400字詰め原稿用紙換算約80枚。表紙イラストは森川弘子。
 価格300円。

 抜粋


  第九夜 ひとりぼっちのあの子 

 だから、おんなじ道だと、帰りに怖いことになるでしょ。そうならないように、どっちの道も行きにした、ってわけよ。
 どっちも行き?
 そうそう、学校への行きと家への行き。同じ道を通ったら、学校への行きと帰りになるけど、道が違うんだから、どっちも行きになるでしょ。帰りがなくなったら怖いこともなくなるから大丈夫なんだって。
 そうなのか?
 だって、先生がそう言ったもの。
 先生が?
 うん、先生が言ったよ。
 先生がそんな変なこと言うかなあ。
 男は首をかしげたが、しかし娘がそう言うのならそうなのだろう。そんな嘘をつく理由がない。いや、それにしてもこれは——。
 例によって娘の後ろを歩きながら、男は思う。
 いくらなんでも狭すぎる。路地というにも細すぎる。これは家と家の隙間だ。ちょっと太った大人なら、通行は無理なのではないか。


  第十夜 クジラの背中で

 いや、ちょっと待てよ、さっき娘も、ぐるぐるしている、とか言ってなかったか。つまり娘にも同じように感じられていたのだ。だとすれば、眩暈ではないのか。それならいったい—- 。
 振り向いてクジラに目をやって、驚いた。
 クジラの上が満員だ。
 さっきまではたしかに誰もおらず、だからこそ娘といっしょにその背中に乗ったのに、今見るとそこは人の形をした影がびっしりと並んでいるではないか。
 背の高いの低いの太いの細いの、足の踏み場もないほどにぎゅうぎゅうだ。

 
  第十一夜 月世界にて

 なんにもいないな。
 娘の背中に、そう声をかけた。すると、えっ、こんなにいっぱいいるのに、と娘。
 どこにだよ?
 男は目を凝らして砂の上を探す。
 保護色で砂に身を隠しているカレイかヒラメでもいるのかと思ったのだ。そういうものを見つけるのは、娘にはもうかなわない。
 どこだどこだ、どこに何がいるんだよ。
 男が白い砂の上に目を走らせていると、目の前にいるのに、と娘は呆れたように言う。
 そして、ガラスの向うに声をかける。
 おーい、おーい。
 そして娘は、ぱちん、と掌をガラスに当てた。
 すると突然、そこにあった鳥居が、ぐにゃりと歪んだ。

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