惑星と口笛ブックス

あいつらにはジャズって呼ばせておけ ジーン・リース短篇集 西崎憲編 中島朋子他訳


 カリブのドミニカ国生まれの白人女性作家ジーン・リースは、知名度においては、ヴァージニア・ウルフやキャサリン・マンスフィールドに一歩譲るかもしれないが、現代性ではあるいは凌ぐ存在である。
『ジェーン・エア』に登場する屋根裏の狂女バーサを主人公にした長篇『サルガッソーの広い海』は、ポストコロニアリズム、フェミニズム、インターテクスチュアリティーのどの観点からも興味深い。
 さらに21世紀の小説を先取りするように現在形のみで書かれた「あいつらにはジャズって呼ばせておけ」。完璧なゴーストストーリー「心霊信奉者」。戦時中の極端に右傾化したイギリスで排斥される女を描いた「よそ者を探る」など、主題は多岐にわたる。 そして登場人物の世界との隔絶感はつねに生々しい。ジーン・リースは現代作家である。そう言い切っても構わないだろう。

 編纂は西崎憲、翻訳は安藤しを、磯田沙円子、樫尾千穂、加藤靖、小平慧、笹原桃子、沢山英里子、獅子麻衣子、中島朋子、西崎憲、吉見浩一。

 原稿用紙換算約500枚。18作中15作が初訳。解説(約45枚)と書誌つき。
 価格800円。

 収録作品

  心霊信奉者
  フランスの刑務所にて
  マヌカン
  飢え
  アリヴェ通りにて
  母であることを学ぶ
  灰色の日
  シディ
  金色荘にて
  ではまた九月に、ペトロネラ
  あの人たちが本を焼いた日
  あいつらにはジャズって呼ばせておけ
  虎のほうが見た目はまし
  機械の外側で
  ロータス
  堅固な家
  よそ者を探る
  タン・ペルディ

 
  あの人たちが本を焼いた日 抜粋  

 詩の棚だった。『詩集』バイロン卿、『名詩集』ミルトン、そんなふうな本だ。ぼふ、ぼふ、ぼふ――どれも売るほうの山に飛んでゆく。ところがクリスティーナ・ロセッティの本は革張りなのに燃やすほうの山に行き、その一瞬の目の輝きから、わたしは察した。女の書き手は、男の書き手よりも罪が重い――計り知れないほど。男なら銃殺で勘弁してやれる。女は拷問しなくちゃいけない。
 わたしたちがいるのに気づいているようには見えなかった。気が向くまま、滑らかに引き抜いて放る動作を繰りかえしている。ミセス・ソーヤーはきれいにも見える――窓の外のいやに濃い青の空やマンゴーの樹や茶と金の大枝と、同じようにきれいだった。 「だめだ」とエディーが声をかけても、ミセス・ソーヤーは視線を動かさなかった。「だめだってば」大きな声でエディーが繰りかえした。「その本はだめだ。いま読んでるんだ」
 ミセス・ソーヤーは声をあげて笑い、エディーは母親に飛びかかった。目の玉 がこぼれそうなほど興奮して、エディーは叫んだ。「じゃ、母さんのことも嫌いになる。母さんも嫌いだ」
 エディーは本をもぎとって、母親を突きとばした。ミセス・ソーヤーは揺り椅子に尻もちをついた。
 自分だけ取り残されるわけにはいかなかった。死刑宣告をされた山から一冊を掴みとり、伸びてきたミルドレッドの腕の下をかいくぐった。
 わたしもエディーも庭に飛びだしていた。小道を走った。灯台草[クロトン]に縁取られた道、そこを全速力で走る。


  あいつらにはジャズって呼ばせておけ 抜粋

 警官だらけの部屋で長いあいだ待つ。警官たちは入ってくる。警官たちは出ていく。電話をする。低い声で話す。そして順番がくる。法廷に入ってまず気がついたのは黒い眉をひそめた男だ。判事より低い席にすわって、黒い服を着て、とても整った顔をしていたので、目が離せなくなる。見ているのに気づくとますます眉のひそめ方がひどくなる。
 最初に警官が騒ぎの原因はわたしであることを証言する。つぎに隣の年取った男が出てくる。男は誓いの言葉を繰りかえす。真実以外は口にしません、神よ。それからわたしが夜中にひどく騒いでとても不快なことを言った、わいせつな踊りを踊ったと証言する。男は言う。妻がとても驚いていたので、カーテンを閉めようとすると、わたしが石をいくつか投げて貴重なステンドグラスを割る、妻は深刻な怪我をしただろう、もし石が当たっていたら、そして、その結果、神経がひどい状態にある、医者にきてもらっている。わたしは思う。「いい? わたしがもし、あんたの奥さんを狙ったら、ぶつけてる――まちがいなく」「挑発したわけではありません」男は言う。「そんなことはまったくしていません」それから通りの向こう側に住む女が、男の言うことが真実だと証言する。挑発の言葉なんて聞いてません、そしてふたりがカーテンを閉めても、わたしが侮辱しつづけた、汚い言葉を使った、全部見ていて、聞いていたと。
 判事は穏やかな声の小柄な紳士で、けれどそういう穏やかな声は、とても疑わしいものだとわたしは考える。判事はなぜ罰金を払わないのかわたしにきき、お金がないと答える。シムズさんについて洗いざらい調べたいのかという考えが浮かぶ――向こうはとても慎重にきく。けれどわたしからは何も引きだせないだろう。判事はどのくらいのあいだフラットに住んでいるのか尋ね、思いだせないと答える。わたしは知っている、罠にかけたいのだ、蓄えのことで罠にかけたみたいに、だから答えない。しまいに、迷惑な人間というのは認められないのだが、何か言うことがあるかと言う。
 わたしは思う。「あんたたちにとってわたしは迷惑な人間だ。なぜならお金を持っていないから。そういうことだ。はっきり喋りたい。あいつらがどうやって蓄えを全部盗んだかって判事に言いたい。だから家主が一月分払えって言った時、持ってなかったって。判事に言いたい。隣の女が長いあいだ挑発して、ひどい呼び方をする、けど猫なで声だから誰も気づかない――わたしがあの女の家の窓ガラスを割った理由はそれだ。けど、それにしたって替わりのものを買ってやるつもりだ。わたしは言いたい。わたしがやったのは歌うことだけだ、あの古い庭で。そして言いたい。丁寧に静かな声でそのことを。けれど自分がわめいているのが聞こえるし、両手が宙を泳いでいるのが見える。役にたたない。みんな信じない。だからわたしは止めることができない。頬に涙があるのを感じる。「証明しろ」あいつらが言うのはそれだけ。あいつらはささやくだけ。あいつらはうなずくだけ。


  よそ者を探る 抜粋

「耐え難かったのは、あのひどく無礼なやり方よ」ハドソン夫人が言った。「理由ができるよりずっと前からだったわ。それにあの詮索好きなことといったら! 彼女がここに来てから一週間もたたないうちに皆があれこれ言いはじめたのよ。かわいそうなローラ。それに、わたしはリッキーのことも考えなければいけなかった。そうでしょう? 英国空軍の駐屯地での仕事はとにかく秘密じゃないといけなかったし、それにあの人が選ばれるのはおかしいって皆言ってたし……」
 姉が話しているあいだ、トラント夫人は前庭に二つ並んだ薔薇の花壇を窓越しに眺めていた。薔薇を見ていると気持ちが落ち着いた。昨年の夏のことを、漠然と夏の一日を思い出した。薔薇を眺めていると、おそろしい変化は本当は起こらなくて、たとえ起こっていたとしても、とるに足りないことだという気持ちになれた。薔薇の花は小振りで炎のような色で、ひとつの茎に数輪ついていた、花はどれも自分に取ってかわろうとしている蕾を従えていた。軍のトラックが通ると地面が揺れて、そのたびに薔薇は震えた。トラックが見えないうちに、音さえ聞こえないうちに、薔薇が震え出すことに彼女は気づいた。けれど薔薇は強靱だ。東海岸の風に鍛えられ、永遠に咲きつづけるかのようだ。青空の下で、薔薇は猛々しく、色合いは挑むようで、眩いばかりだ。目を閉じても、瞼の裏に焼きついたようにはっきりと見える。「あの人達は酷い噂話をやめなかった」ハドソン夫人が言った。
「これを見て」

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