『アマチャ・ズルチャ 柴刈天神前風土記』で深堀骨が衝撃のデビューを飾ったのは2003年である。その一冊で深堀骨という奇妙な作家の名前は日本の読書マニアの脳裏に深く刻まれた。
深堀骨はジャンルに属さない。深堀骨が書くのは、アバンギャルドなユーモア小説であるし、俗的でノスタルジー豊かな破滅小説であり、おそろしいくらい孤独な哲学小説である。そして深堀骨を人に薦めるのは危険な行動である。読んだ者が笑うか脱力するか怒るか、予想がつかないのだ。そういう小説はいまは喜ばれない。そして喜ばれないところに、稀有な作家フカボリ☆ホネがこうして新作をリリースする意味があるのだ。小説とはつまりは見せ物ではないだろうか。さあ深堀骨を読んだことのある世界線に赴こうではないか。
抜粋
口もない「おい」がどのように人を喰うかと云えば、餅状の軟体を遺憾なく発揮し、躯全体で餌食を包み込むようにして喰うのである。少しばかり離れた位 置に餌食がいたとしても、それこそ焼いた餅が膨れるのと同じ要領で躯の部分部分が盛り上がって餌食を捕獲してしまうのである。「おい」の一部がかなり遠い位 置にいたノビト目掛けて襲いかかる姿は「神奈川沖浪裏」の浪さながらだった。消化力も凄くて、骨から何から余さず平らげる。これが例えば「土瓶蟲」だったら餌食の体内に含有される水分を残らず吸い上げて木乃伊にしてしまうし、「ケツ野郎」は丸呑みにしてしまうが骨や毛髪等はペレットとして吐き出す。因に「ケツ野郎」は肛門みたく見える部位 が口である。厳密に云えば口と肛門両方の役割を果している。即ち一穴主義である。言葉の用法は若干違うかも知れないが、そんな奴である。
(中略)
また「イソノフネ」と呼ばれる人喰いはその名の如く「イソノフネ」だった。躯は木造の小舟みたような姿をしており、舟底からは太くて生っ白い脚が右舷側に三本、左舷側に三本、舳先に一本、計七本と過剰に生えている一方、舟の中からは無闇にデカい首(林家こん平に似る)が一個だけ突出し、頭には毛髪の代りに磯巾着が付着していて、その毒のある触手に覆われた口でゴックンと人を呑み込むのだった。ではこん平の顔に付着した本来の口は何をしているのかと云えば、のべつ幕なしに「チャッラ~ン」ならぬ 「バッバラバアバラバラブラバルベラ」としか聞えない意味不明の音声を発しているためだけの器官だった。 (「躯」は正字)
シングルカットシリーズ第5作。400字詰め原稿用紙換算約34枚。
価格280円。
※〈シングルカット〉は作家が電子書籍オリジナルの短篇を、音楽の1曲に見立ててリリースするシリーズです。