小説から俳句へ、俳句から詩へ、詩から短歌へ。19人の作者、19の作品、境界のヒドゥンワーク。
寄稿者
相川英輔(あいかわ えいすけ)
大滝瓶太(おおたき びんた)
大原鮎美(おおはら あゆみ)
大前粟生(おおまえ あお)
岡田幸生(おかだ ゆきお)
小川楓子(おがわ ふうこ)
斎藤見咲子(さいとう みさこ)
杉山モナミ(すぎやま もなみ)
谷川由里子(たにがわ ゆりこ)
谷 雄介(たに ゆうすけ)
照子(てるこ)
西崎憲(にしざき けん)
野村日魚子(のむら かなこ)
ノリ・ケンゾウ(のり けんぞう)
伴名 練(はんな れん)
深沢レナ(ふかざわ れな)
深堀 骨(ふかぼり ほね)
みみやさきちがこ(みみやさき ちがこ)
若草のみち(わかくさ のみち)
収録作品 抜粋
ごめんね、校舎 大前粟生
夜中になると、教室から息の音が聞こえてくる。ひそめた話し声がする。校舎のなかからだけじゃなくて、校庭からも聞こえる。私たちが見下ろすと、いくつかの夜より黒い影が早足で校舎に向かってきていた。 けれど、私たちが彼らまたは彼女らにできることはなにもない。そのとき私たちは校舎の壁に張りついていて、校舎に包帯を巻きつけていた。盗んだバイクで廊下を駆け回った不良たちが、校舎の窓ガラスを壊して回ったから。
面白いテレビ 照子
春の夢小学生のおとうさん
帰省して遺影に見つめられている
サラダ記念日みたいな村上春樹の写真
ガンダムが凍えている朝のテレビ
どうぶつにかがみみせてわらう みみやさきちがこ
それってだめかな、その、明るい意味で、まったく暗い意味ではなく、しぬことをお守りみたいにトートバッグのもつとこにつけてて、それってだめかな、じぶんを棚にあげないとなにも話せなくなる、けどいま、棚からおちますよ、おちてこわれないように、バスタオルとかしいてください、何色でもいいです、うそです何もしかなくて大丈夫です、来世さえもきたいできない、来世とか信じてないけど、じぶんの、じぶんのにのうで吸ってもぜんぜんいやされない、だいたいいやしってなんなのか、
二十一世紀の作者不明 大滝瓶太
かれはそこにある本を手当たり次第に読んでいった。一冊読めば好奇心が枝のように図書館に縦横無尽に網を張り、はじめは望まなかった本が望んだ本へと変わり、かれはそれらを「読むべき本」と呼ぶようになる。その頃のかれは青年というにはまだ幼いけれども、脚立を使わなければ届かなかった一番高い本棚にも背伸びをすれば届くようになっていて、一日一回は髭を剃らなければならないほど毛深くなっていた。指数関数的に膨れ上がった「読むべき本」たちを、一度きりの人生で読むことはもはや不可能になっていた。かれは選ばなければならなかった。「読むべき本」のなかから、「ほんとうに読むべき本」を。
マジのきらめき 斎藤見咲子
こんにちはあなたに会えてうれしいですどんな景色を見て来ましたか
なんとなくグラスホッパーというのはサイダーのことだと思ってた
明らかに異様な音を立てていた間違ったとこ開けようとして
負けたまま夜の車道を見ているとにじんでマジのきらめきが来る
月光庭園 大原鮎美
キャンバスに一筆入れるごとに
港は消えていく
裏側の宇宙に流れ出してしまうんだ
だからこの宇宙のどこかに
色とりどりの港だけが並んでいる
世界があるはずなんだ
夜はともだちビスケット 野村日魚子
人が死んでるところが写ってる写真捨てられないんだ冬のリビング
はるあらしの中にかかってきた電話から聞こえる告白のきみの声のぜんぜん聞いたことないような震え
夜中に帰ってきた人たちの動脈はあたたかくて話すことばを信じる
裏庭のない家でそだって裏庭がうらやましい鳥の死骸とか埋まってるんだろうな
お昼時、睡眠薬 ノリ・ケンゾウ
しゃべってないです、と否定をする犬だが、ほらまたしゃべっているではないか。しゃべっているじゃない。そう指摘するとまた、しゃべってないです、としゃべる。何かの謎かけ? と聞けば、違います、違うんです。と話にもならない。それはともかくとして、あなたどうして私のアキレス腱を噛んだのよ。まあまあ、そう言わずに、少しお散歩でもしましょうよ、天気もいいことですし。と、犬は何にも悪びれる様子もなくすたすたと並木道を歩いていく。
素足ですし 小川楓子
白南風やぬれるとかるくなるこども
花の種にぎりパウロはとても困り
胸のなかより雉を灯して来たりけり
素足ですし羊歯類の王ですわたし
母は白夜のわたしは昼の匙のまへ
カーテン 若草のみち
灰色の空から降りた遮断機が遮断したものから風が吹く
かくれんぼでもなくそっと隠れれば流れる雲の速さの怖さ
退団の君が夜空へ振り回す手持ち花火が飛び散ってゆく
貝殻の白さ哀しさからからとなんにも守りたいものがない
聖戦譜 伴名 練
また、当時の部員二百十七名のうち二百十五名までが死亡し、生存者わずか二名の壊滅状態から文芸部を再興させた第十八代目の間宮智美部長には特別に深い尊敬の念を表明致します。
『無伴奏』抄 岡田幸生
さっきからずっと三時だ
停電の部屋を泳いだ
そとはそとで星空でさびしい
こんどうまれてくるときもそうかコスモス
空にいる月のふしぎをどうしよう
つむじ圧 杉山モナミ
あのひとは光に乗ってしまうのではないかというほど咳していました
花のように逆立ちしているあの子ならなんでもひとりでするなんて嘘
生物はみんなヌードが衣装って最初に言ったのはお菓子たち
6月は抱擁機械 だれもみな抱かれて歩くことを恥じない
引力 相川英輔
葉子だって今さら予言が現実のものになるとは思っていない。中学生の頃までは弟と一緒に夢中でオカルト雑誌を読んだりもしたが、今はもう二十七歳だ。あのときのような純粋さはもう残っていない。
平家物語 谷 雄介
北風のはげしく新婦宅無人
春風に揉まれ夫となりゆけり
仲人は永遠に来ず春夕焼
後手に新婦の歩みうらゝかに
平均を愛して平家物語
ラインナップ 谷川由里子
夏のみぎり あなたの頭にアロハシャツ投げて10年返ってこない
もうほとんど雲を食べてる手を握って雲たべたいときみが言うとき
イントロがきれいな曲だねきみの開くWordの裏がわのYouTube
サイダーを回し飲みする小学生 サイダーは乾杯なんてない
スターマン 西崎 憲
スターマンが育ったのは陸だ。丘がつづくあたり。町は丘のあいまにあった。
なだらかな丘陵は緑の草の海に見えた。
その海は風が吹くとほんとうの海のように波打った。波立つと草の動く音が轟と鳴って、スターマンの胸をすこし狭くした。
芋虫・病室・空気猿 深沢レナ
家の周りを空気猿たちに囲まれる。二匹や三匹ではない。三、四十匹といったところか。昼食用に丸ねぎの皮を剥いている彼は気が付いていない。立方体の小さい家は分厚い壁で覆われていて、ドアや窓がないことは言うまでもなくほんの隙間さえもないのだから。
人喰い身の上相談 深堀 骨
「ピラティスではありません、ピラニアでした」
本作収録の短篇西崎憲「スターマン」はハワイ大学のウェブマガジン Hawaii Pacific Review に掲載されました。英訳は Toshiya Kamei氏。朗読チャンネル Tall Tale TV で朗読も聴けます。