荻原裕幸、加藤治郎、穂村弘各氏が主催した「歌葉新人賞」は2002年から5回のみの開催だったが、現代短歌の基本を作ったとも言えるきわめて重要な賞だった。同賞の最終候補、受賞を期に、多くの力のある歌人が頭角を現し、21世紀の短歌を作っていった。斉藤斎藤、笹井宏之、永井祐といった名前を並べるだけでその重要性は明らかだろう。
そして第五回で穂村弘に高く評価されたのが仲田有里である。以下の応募作のなかの一首はひじょうに話題になった。
マヨネーズ頭の上に搾られてマヨネーズと一緒に生きる
おそらくこの歌が驚きをもって受けいれたのは、作中の「感情」がそれまで短歌、あるいは文芸にさえ初出だったからだろう。そう、仲田有里は初出の歌人なのである。仲田有里は何も踏襲していない。あるいは仲田有里は仲田有里しか踏襲していない。
彼女が歌うのは、まだ名づけられていない感情である。まだ名づけられていないので、それを享受できる者は少ない。語彙は日常的であり、ノームコア的な印象もあるので、注意深くない読み手は仲田有里の特異点的な異常さを見落とし、あるいは侮りさえするかもしれない。いまのところ、ライターズライター的な位置づけしかされていないのは必然でもあるだろう。
しかしある意味ではクリシェが主流である短歌にとって彼女の存在は事件とさえ言えるものである。そのことは仲田有里の歌のなかで軽々とノージェンダーや自意識フリーが達成されている事実、かすかに漂う存在論的な「こわさ」を見るだけで感得されるはずである。