各界に独創に満ちた足跡を残してきた川崎徹は、小説においても独創の書き手である。2010年には野間文芸新人賞の候補にもなっている。
「ねこ」は、地域猫に餌をやる男の日常を淡々と描いた短篇で、作中で猫や鴉は時として口をきき、死せる母は穏やかに首を吊った男について語る。
静謐な祝祭のような日常、人も立ちいることを許された鳥獣戯画。
まだ陽はのぼらない。東の空が赤みをおびてくる。赤と黄色と紫、三色が層をなしてと思う間もなく巨大な陽の玉 がせりあがってくる。ぶよぶよ輪郭が震えてぶーんと鈍い音が聞こえるようだ。太陽が全貌をあらわし夜があける。木立の奥の奥、草むらの草と草のすき間にまで朝の光が斜めに射し込む。樹木もベンチもブランコもごみ箱もわたしも、すべてがあるべきところにある。いつもの朝と変わらぬ 光景である。猫たちはふくれた腹を晒して横になる。子猫は親の胸に顔を埋め目を閉じる。親は顎が外れんばかりの大きなあくびをひとつ。長老と呼ばれる黒猫はわたしの膝にのって過去を語った。
「テレビの前で母親の乳房に吸いついていたのを憶えている。いちばん古い記憶だ。――
400字詰め原稿用紙換算約30枚。シングルカットシリーズ第3作。
価格280円。