
くらえ、愛とフェティッシュの剛速球!
愛、フェティッシュ、美容、ゾンビ、怒り、GL、ノスタルジー、俗性、聖性、さまざまのなもので深くソフトに荒廃した世界を描く新作家の登場です。優れた作家がそうであるように、この作家の登場をもってはじめて言語化されたイメージをいくつか含んでいます。また不意打ちのように現れるショートショートのテイストはすれっかしの読者をうならせる達成ぶりです。
美しく硬質のフェティッシュラヴストーリー「踏みしだく」、奇妙なテイストの「湊麗華の店」「幼名」、捉えどころがないが未来の文学を垣間見させる「Look at me」。最上クラスのショートショート「だるま」「百合子さん」。
またひとり、似ている作家をもたない書き手が誕生しました。愛とフェティッシュとストレンジネスの素晴らしい世界へようこそ。
400字詰め原稿用紙約160枚。表紙画ひろみ。500円。
抜粋
「踏みしだく」
大きく開いた足指をぎゅっと閉じる。玉子サンドが溢れ出る。疲れた足を足湯に解き放つように、ぐーぱーぐーぱー。指先でパンを引きちぎり、踏みしめては捏ね回す。二十五センチ、エジプト先細型の足に、金のトゥリング。サロンで施したばかりのモスグリーンのジェルネイル。ぐーぱーぐーぱー。立ち上がり、肩の力を抜いて胸の前で合掌。そのままヨガを始める。マットをホールドする足指の力が強いせいか、滑ることもなく、太陽礼拝、戦士のポーズ、鳩のポーズ。終わった後の温まった足を、半分残して冷蔵庫に入れたおいた玉子サンドに、再び差し入れようと考える。卵は、ゆで卵とマヨネーズという別物になって、再びパンの上で出会うが、足指がそれを引き離す。
「湊麗華の店」
右へ行くか、左へ行くか。
だいたいの地理は頭に入っている。時折吹く風に背中を押されるように歩く。行きがけに気になっていた店の看板が、灯を灯している。
「湊麗華の店」
それだけ書かれているから、店名なのだろうと思う。昼は喫茶店、夜はスナックの様な、べたべた貼られたおススメメニューとカーテンで外から中の様子が良く見えないが、地元民が集まるような店。以前行った熱海などではこんな店を見た。まだ今なら、喫茶利用の体で入れそうだ。ドアは引き戸なのか、押せば良いのか。勢いよく押してみたら、思いの外簡単に開く。
カランカラン。
「お帰りなさい」しゃがれた声がして、老女が奥から出迎える。老女と思ったのはやけに真っ赤な口紅を、すぼまった唇に付けていたからで、正直、性別は分からないがここのママさんなのだろう。いや、男だったらマスターか。店主をパパさんとは呼ばないから。
え、お帰り? ああ、そういうタイプの店か。帰りは「行ってらっしゃい」というような。
「あ、どうも」と答える。こういう時、なんて答えれば良いのか。親以外にただいま、というのは照れくさい。
「お好きな席にお座りになってね」壁がうっすら茶色いのは、かつて喫煙可だった時代の名残だろう。手前が数席の椅子席で、奥がカウンター。案の定、後ろには酒の瓶が並んでいる。キープされたボトルもある。どんな酒か文字を読もうとするが、見たことの無い文字が並び、読むことが出来ない。
「だるま」
危ないよ。
抱きあげられた赤ん坊が言った。インドから両親に連れられやってきた、もうすぐ二歳の赤ん坊。まだ言葉をしゃべり始めたばかりなのに、やけにはっきりした日本語だった。
その場にいた大人達は、高く抱き上げられて危ないのかと思ったが、赤ん坊は下ろされてからも、危ない危ないと老人の繰り言のように繰り返し、神棚のほうを見ようとしなかった。なんだろうね。正月の席に集まった大人たちは首をかしげた。
収録作(全19作)
CUTEST
踏みしだく
昼寝鮫
ゆめのきざはし
湊麗華の店
だるま
夜の靴
シンデレラ
Trick or Treat
Look at me
逢ひみての
百合子さん
唾鬼
立ち止まってさよならを言う
おばあちゃんのモータン
幼名
迎え火
アイドル
マダガスカルのニチニチソウ
栗山心(くりやま・こころ)
ハロウィンの東京に生まれる。俳句を十年学び、小説を書きたくなり西崎憲の「世界小説化計画」で十年学ぶ。レビューショーとアフタヌーンティーとスパイスの効いた料理が好きな、異国料理を愉しむ会代表。









