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0041 四月のストーヴ  仲田有里 

 荻原裕幸、加藤治郎、穂村弘各氏が主催した「歌葉新人賞」は2002年から5回のみの開催だったが、現代短歌の基本を作ったとも言えるきわめて重要な賞だった。同賞の最終候補、受賞を期に、多くの力のある歌人が頭角を現し、21世紀の短歌を作っていった。斉藤斎藤、笹井宏之、永井祐といった名前を並べるだけでその重要性は明らかだろう。

 そして第五回で穂村弘に高く評価されたのが仲田有里である。以下の応募作のなかの一首はひじょうに話題になった。

 マヨネーズ頭の上に搾られてマヨネーズと一緒に生きる

 おそらくこの歌が驚きをもって受けいれたのは、作中の「感情」がそれまで短歌、あるいは文芸にさえ初出だったからだろう。そう、仲田有里は初出の歌人なのである。仲田有里は何も踏襲していない。あるいは仲田有里は仲田有里しか踏襲していない。

 彼女が歌うのは、まだ名づけられていない感情である。まだ名づけられていないので、それを享受できる者は少ない。語彙は日常的であり、ノームコア的な印象もあるので、注意深くない読み手は仲田有里の特異点的な異常さを見落とし、あるいは侮りさえするかもしれない。いまのところ、ライターズライター的な位置づけしかされていないのは必然でもあるだろう。
 しかしある意味ではクリシェが主流である短歌にとって彼女の存在は事件とさえ言えるものである。そのことは仲田有里の歌のなかで軽々とノージェンダーや自意識フリーが達成されている事実、かすかに漂う存在論的な「こわさ」を見るだけで感得されるはずである。


 必要ないことには折れる心作る 夜明けの散歩 四月のストーブ

 吐き出したい気持ち抑えて道に寝る 教会でする結婚式とお葬式

 屍が自分の中に二人いる割ったコップもそのままにする

 未来ではあの人がする仕事をする 究極の話、明日は節分

 お父さんにも才能がある 才能がこれから開花できますように

 いくつかの言葉が手持ちの辞書になく載ってる文字を頼りに暮らす

 夏の夜にぴったりだった音楽が秋には秋にぴったりになる

 居酒屋のアルバイト募集女性のみ 月を見上げて月思い出す


 収録80首。『マヨネーズ』(思潮社)につぐ第二歌集。レーベル初の歌集でもある。

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