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0012 還ってきた老人から始まる仄暗い百の断片  倉阪鬼一郎


暗い昏い冥い世界へ


 倉阪鬼一郎は俳人であり、歌人であり、怪奇幻想作家であり、ミステリ作家であり、時代小説作家、ユーモア作家である。さらに音楽を作り、絵を描き、マラソンとトライアスロンの愛好家である。
 しかし一部の読書マニアにとって、倉阪鬼一郎の名はかつては幻想文学そのものともいってもよい時代があった。そして喜ばしいことに倉阪鬼一郎は様々な活動のかたわら幻想小説もひっそり書きつづけていたのだ。怪奇幻想の旗手倉阪鬼一郎の喜ばしき帰還である。老人、港、滅びゆく世界、仄暗い世界はこちらです。

 シングルカットシリーズ第4弾。400字詰め原稿用紙換算約55枚。表紙画像の絵は著者。

※〈シングルカット〉は作家が電子書籍オリジナルの短篇を、音楽の一曲に見立ててリリースするシリーズです。

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【抜粋】

 私の歴史家としての業績は、いまだ名の定まっていない半島の戦争についての研究に集約される。
 とはいえ、数多い論文は一つとして完結には至っていない。その名のなき戦争は、調べれば調べるほど、資料を繙けば繙くほどに何かを総括しようとする意志を根こそぎ奪い取ってしまうからだ。

 たとえば、そのいたずらに長い戦争について書かれた最も広汎な研究書は未完に終わっている。篤実な研究者が一生を費やした研究は、初めのうちは詳細を極め、半島における戦闘での戦死者の姓名のみならずその出自をもできるかぎり事細かに調べあげたものだったが、後年になると意味不明な空白が目立ちはじめ、ある章の途中で力尽きるように途切れていた。

 また、その研究者の遺志を継いで一生をその戦争に捧げた学者は、一冊の薄い詩集を遺しただけで筆を折ってしまった。詩集に収録されている詩はひどく不可解なもので、橋や埠頭や灯台などの克明すぎるほど克明な描写をするばかりで、果たしてそれが詩なのかどうかだれもが首をひねった。

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