〈北野勇作2本立て〉シリーズ第2弾。北野勇作が無尽蔵の想像力で描く不可思議な世界へようこそ。
今回は「タマモン」と「船と猫と宿と星」の2本立てです。
「タマモン」は緑色の毛に覆われた大きな卵のような着ぐるみの話です。いえそれはほんとうに着ぐるみなのでしょうか。そして「現場」とはなんの現場なのか。すさまじいエネルギーを持つ「ガレキの流動」とはいったいなんなのか。ストレンジな着ぐるみ小説をどうぞお楽しみください。
2本目は「船と猫と宿と星」です。謎めいた船の旅、新旧のふたつの自走式自己修復機構によって延々と修復される旅館、星の夜、蒸気の町、稀に出現する湯気猫、黄昏地帯の遊園地のような世界、懐かしく、さびしい、まぼろしの世界。映画化が望まれるような中篇です。
400字詰め原稿用紙換算約95枚。表紙は森川弘子。
価格380円。
タマモン 抜粋
現場に顔を出すことなどめったにない上司がその日現場へと連れてきたのは、もふもふした緑色の毛に覆われた卵に手足をつけたようなものだった。
君たちの新しい仲間だ。
上司は言った。
タマモンだよ。
そう紹介されると、タマモンは居並ぶ作業員を見回すように身体を左右に動かし、それからぺこりとお辞儀をした。
どうやれば卵がお辞儀できるのか、どうやればお辞儀をしたように見せることができるのか、じつはいまだにわからないのだが、とにかくそのときはそんなふうに見えた。もふもふした緑色の毛に覆われた卵がお辞儀をしたように、だ。
それじゃ、みんな、よろしく頼むな。
上司はそのまま去りかけて思い出したように立ち止まり、振り向いた姿勢のままでこう付け加えた。
そうそう、タマモンの仕事振りは全世界に向けて配信されることになるから、当然ながら君たちもいっしょに映りこむことになるぞ。くれぐれも同じ職場の仲間として恥ずかしくない態度を心がけるようにな。
そして、司令塔へとすぐ引っ込んでしまったから、それがいったいどういう意味なのか、そのときはまだよくわかっていなかった。
船と猫と宿と星 抜粋
猫が見たい。
思い出したように娘が言った。そういえば、ここに来る前から娘はそれを楽しみにしていたのだったか。もちろんただの猫ではなく、湯気猫のことである。
かならず見ることができるとは限らないぞ、と言うと、そのくらい知ってるよ、と娘。運が良ければ、でしょ。
そうそう。
そんなわけでさっそく、「湯もと通り」と表示のある石畳の道をふたりで歩く。もっとも、何かあてがあるわけでもない。ゆっくり歩いても一時間もあれば一周できる町だから、まんべんなく歩いてみようと思っただけで、宿の前の広い道がその「湯もと通 り」というだけのこと。
石畳の緩い登り坂の両側には溝があって、石の蓋の穴からは白い湯気が勢いよく上がっている。
午後からすこし気温が下がってきたからか、朝よりも湯気の量は多い気がする。
出てるねえ。
娘が言う。
いつもより出てる。
坂道の行く手にほぼ等間隔で湯気の柱が立っている。それが遠い柱から順番に、ドミノ倒しのごとくこちらに次々倒れてきて、そしてついにすぐ目の前の湯気の柱が倒れ、それを倒した風といっしょに顔にぶつかってきた。
なるほど、ここでは風が可視化されるのだな、と思う。この感じなら、湯気猫も出るかもしれないぞ、とも。
しかし、ぬか喜びさせてもいけないので、口には出さない。よほど運がよくないと見ることができないものだと言うし。